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日南 古の日本へ時空遊びタイムスリップ レト九州の小京都「日南(飫肥)」へ
伊東家、五万一千石の城下町、小京都「日南(飫肥)」
盆地の中に昔ながらの石垣や土塀のある武家屋敷や藩学校を今も見ることができ,
街全体が伝統的街並み保存地区として指定されている。
通りは碁盤目状に整備され、水瓶や樽を店頭に置いた商家、格子に壁灯篭や番傘を飾った商家
屋根瓦に大樽を乗せた商家など、商家が江戸時代風に演出さたれていたり、
裏路地には鯉が放流され、道行く人を魅了する。
明治時代の外交官でポースマス条約の締結に尽力した小村寿太郎の出身地としても知られる。
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飫肥城創築年代は不明だが、古文書等で室町時代初期には存城していたと思われる。1485年から1577年までは伊東氏と島津氏の城の覆権をめぐっての攻防戦が続けられる。島津氏の支城となった時期もあったが、豊臣秀吉の九州平定後、秀吉の命により伊東氏が入城。以後伊東氏が14代280年在城した。
飫肥城が現在みられる姿になったのは1686年の大改修によるもの。石垣などは現在もその遺構を残している。九州のかくれた名城のひとつ。
◆JR日南線飫肥駅より徒歩約15分・無休 |
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豫章館 伊東家の家臣伊東主水の屋敷だったこの地に、明治2年、飫肥第14代藩主伊東祐帰が飫肥藩知事に任命されて城内より移り住んだ屋敷。飫肥城下では最も格式のある武家屋敷で、南側の庭園は、規模と手入れの良さでは九州でも有数のものといわれる。庭園から見える愛宕山を借景としており、庭園の美しさと調和している。 ◆JR日南線飫肥駅より徒歩約15分・12月29日〜31日休館 |
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藩校 振徳館学問を奨励していた飫肥藩の藩校として天保2年(1831)に藩主祐相によって建築され、教授には清武町から安井滄洲、息軒父子を招いた。小倉処平や明治の外交官「小村寿太郎」など優秀な人材を輩出した。 ◆JR日南線飫肥駅より徒歩約15分・12月29日〜31日休館 |
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小村記念館日本の近代外交の礎を築いた小村寿太郎。明治時代に2度外務大臣を務め、明治38年(1905)にポーツマス条約を調印し日露戦争を終結に導いた。この記念館は、小村侯の没後80年を記念して平成5年に開設した。館内は、侯の生い立ちから外交の舞台での活躍ぶり等を写真や文書等の資料、ビデオにより紹介している。 ◆JR日南線飫肥駅より徒歩約15分・12月29日〜31日休館 |
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四半的射場日南地方に伝わる弓技で、正座して四間半先の的のに向かって弓を放ち、その的中数を競うもの。的まで四間半、弓矢ともに四尺五寸、的が四寸五分で、全て四半であることから四半的と呼ぶ。かつて飫肥城をめぐる合戦の際、農民が竹の半弓を持って戦に参加し、勝利に大きく寄与した事で、娯楽用として弓矢を持つことを許されたのが始まりと伝えられている。
観光客用に射場が設けられ、試射することができる。
◆JR日南線飫肥駅より徒歩約15分・水曜日休業(祝日の場合は会場) |
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